ぼらの館

KagoshimaniaXというWebメディアやったり、雑誌の雑誌の連載書いたり、テレビとかラジオに出てる鹿児島のおっさん

履修不足の件

彼女作らないんですか?ってきくのはいい加減やめてください。自分、生涯喪男ですんで。

あ、僕です○┐

最近マスコミを騒がせている履修不足の件。
単位が足りないとかニュースのたびにいわれると、自分が言われているみたいで耳が痛い。

(∩ ゚д゚)アーアーきこえなーい

高校生のとき世界史・・・やったね。
やたら背の高いおっさんがやってた。
バージニアの語源はバージンなんだよと嬉しそうに語ってた。
教科書全部やったかな?まぁいいや。今更言われても・・・いや同級生のみんなと再び高校で世界史やるのもおもしろいかもwww

大学受験の社会科では地歴(世界史、日本史、地理)公民(政治経済、倫理、現代社会)のうち地歴公民からそれぞれ1科目ずつ受験するのがセオリー(文系)である。
受験校によってバラつきはあるものの、受験生的な観点から行けば膨大な暗記量が要求される世界史は避けられるものなら避けたい存在である。自分も避けた。
受験生の頃読み漁った大学受験テクニック系の書籍でも圧倒的に「地理が楽」という記述が多い。
平たく言うと、地理で100点取っても世界史で100点とっても同じだし楽なほうでいいじゃん、とらない科目とかやる意味ねーじゃんwwwといった具合だろう。

しかし、日本の高校を卒業するためには世界史の履修は必須。

世間では学校が予備校化されている点が言われているが、受験生は特定の科目で点数取れないといけない、地方格差等の問題もあり意外と深い背景があるように見える。

受験生観点から見ると勉強の意味を問われるのはまったくもってナンセンスである。大学ないし自分の行きたい学校に行くために勉強するわけである。進学してやりたいことをやるというところに意味がある。

だが、大学の勉強において高校でやる勉強が下地になる事は確かなようだ。特に数学や英語や歴史、理系だったら理科もかな。何事においても歴史的背景は取り上げられるし、それを知っているものとして授業が進む。

とりあえず受験が終わるまでが集中して、合格したらまた勉強すればよい。そこに本当の意味の勉強があると思う。そこまでくると勉強は苦痛なものではなく知的好奇心を満たす面白いものになっているはず。

この事件に関して学校の勉強は意味ないとかおっしゃる方がおられるが、それはいかがなものかと思う。
確かにいい学校を卒業したり優秀な成績を修めることそれ自体は社会では何の役にも立たないだろうが、いろんな勉強や経験をして自分なりに意見をもつ作業をした人間はそれなりに深みがある。人間は考える動物だからいろんなことを考えてみないといけない。それが豊かな人生につながるのではないだろうか。

正直なところ、歴史は歴史であって事実とは違うことが多いと考えている。歴史を学ぶことに意味があるのではなく、歴史を学んだ上で自分なりに考え、意見を持つのが歴史の勉強ではないのだろうか。歴史の事実を解き明かす研究はまた別物だけど。

何が言いたいかというと、この事件、いろんな人の意見が混ざってて意味がわからない、ということである。


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