ぼらの館

KagoshimaniaXというWebメディアやったり、雑誌の雑誌の連載書いたり、テレビとかラジオに出てる鹿児島のおっさん

自己分析(ながいよ><)

胃袋の中の宇宙がエクスプロージョン寸前であります。

どうも、僕です○┐

チラ裏だけど、自分の考えを書く練習のためにうp。

世間では就職活動を行うという不穏な活動家が増えており、
世の大学三年生たちがその活動の渦に飲み込まれておる。
かくいう自分も例外ではなく、月末に大阪で開催されるどでかい就活イベントに足を運ぶわけである。その際人生の師とも言える方と再会するのが楽しみである。アポとってないから会えるかわかんねーけど。

就活をはじめるにあたって、まずやれといわれる自己分析。
自己分析とは文字通り自分を分析し、就職しようとするところが本当に自分に適しているかを判断する、逆に自分の適職を見つけるための判断材料にするといった作業である。

就活のために自己分析をする場合は、極論を言えば自分の入りたい会社に合った自己をでっちあげてそれをもって結果としたり、理想の自分をでっちあげてESや面接に挑めばよい。
それも甘くはない世界であるだろうが、自分と徹底的に見詰め合って結果を出すよりはかなりハードルの低い話だと思う。

しかし、自分も含めて就活をする活動家たちは大人である。
楽しく豊かな暮らしをしていくために、自分を理解するという意味での自己分析は決して無駄な作業ではない。結果次第では就活なんか必要ない!って人もいるかもわからない。

自己分析をしないとどういうことになるか考えてみた。
人間は時間や費用の面で言えば無限の可能性を秘めているとは言えない。だから、限られた時間とお金と話し合いながら自分のやりたいこと、やるべきことを実行しなくてなはならい。
自己分析をすると無駄に時間やお金を浪費するリスクを軽減することができる。あえて「軽減」と言ったのは現実としてやってみないとわからない的なところがあるからであるし、時間を費やして失敗する事自体はまぁ悪いことじゃないと考えるからである。

自己分析の方法について考えてみた。
山のように売っている就活本なんかにも様々な手法が紹介されていて、いろいろやってみるのもいいかもわからない。
「自己」分析というくらいだから自分でするもんなんだろうが、あえて人を使って自己分析してみるのがいいのではないかと思う。だけども、考え方のロジックを形成する上で、客観的、主観的両面から見ていく作業は必須であるが、自分を客観的に見るなんていうことはたぶんできないし、リアルな意味での「客観的に自分を見る」って言うのは他人にしかできないことなのである。
そこで、うちに引きこもって自問自答を繰り返して鬱になったあとは、いろんな人と話しながら自己分析に取り組めるセミナーや仲間内で「おまえって○○だよねw」と話し合ってみたりすると、より一層自分への理解が深まり、いい自己分析ができるのであろう。自分の腹の内を見せ合える友達の存在も豊かな人生を送っていく上で必要不可欠な要素なので一石二鳥の作業になるはず。

まぁまだいろいろ考えもあるが、つまりのところ、自己分析は就活のためにやるんじゃなくて、自分の人生をもっとよくするヒントがあるかもわからないからやってみれば?ということが言いたいのである。