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ぼらの館

KagoshimaniaXというWebメディアやったり、雑誌の雑誌の連載書いたり、テレビとかラジオに出てる鹿児島のおっさん

映画「WeAreX」を見て思ったことなど。(弱ネタバレあり)

今から19年前。

 

中学生(昭和59・1984年生まれ)の僕はちょっと音楽に目覚めたころで、その年はGLAYの「誘惑」が年間オリコンランク1位だったり、L'Arc~en~Cielが「HONEY」「侵食」「花葬」シングル3毎同時リリースして音楽シーンは大変賑わっておりました。

 

オリコンランクングやカウントダウンTVなんかのランキング曲を中心に色々聞き始めていたのですが、少年時代の僕の心を掴んだのが「hide with spreadbeaver」と言うバンド。

ROCKET DIVEという曲が当時の人気番組「ハンマープライス」のテーマソングだったりして、かっこいいなぁ!と思ってたわけです。

 

インターネットで情報を得るという今では当たり前のことがそうでない時代。「GiGS」とか「PATi PATi」とかを熱心に読んで、hideというギタリストはX JAPANというバンドをやってて、なんかトラブってるくらいの認識を得るので精一杯でした。

 

そして、hideは「Zilch(ジルチ)」というバンドを結成。

「これはマジでかっこいいぞ」と僕少年の心を掴んで離さなかったのです。

 

そんな中、hideが自殺(ニュースでは)というニュースが日本を駆け巡り、「なんか大変なことになったぞ」と思ったのを今でも覚えています。

 

とは言え、僕はGLAY(ファンクラブに入ってた)やラルク、存在を知ってまもなくこの世から姿を消したhideの音楽を聞いて育ったのです。

 

XやLUNA SEAは、ちょっと上の先輩たちが聞く音楽だったのです。

 

それから20年近くが経ち、いわゆる「90年代ビジュアル系」のバンドが好きだった人と話をしていくうちに、広い意味での「ビジュアル系が好きだった人」になっていき、XやLUNA SEAも同じようなものとして考えるようになっていたのです。

 

2017年に公開された映画「WeAreX」を見てきました。

 

「先輩たちの好きなXはこんなことになっていたのか、YOSHIKIがドラムセット破壊してたのはこういうことだったのか」というストーリーに触れれば触れるほどXは自分にとって青春の一ページというよりは、先輩たちの青春の一ページということに気づきました。

 

GLAYTAKUROさんが映画の中で「若いバンドマンはみんな”Yoshiki山”を目指してた」みたいなことをおっしゃっていました。TAKUROさんが言う若いバンドマンとはきっと、GLAYでありL'Arc~en~CielでありDIR EN GREYなのでしょう。そして、僕ら世代はYoshiki山を目指すアーティストたちに熱狂していたんだと思います。

 

XのボーカルのToshiがとある団体に洗脳されている時期があるというくだりがありました。当時僕は鹿児島県霧島市(当時国分市)の学校にかよっていて、学校の近くのジョイフルタウン(今はマックスバリューとかになってますがその時は金海堂という本屋だったはず・・・)にToshiが弾き語りにやってきました。

テレビでもよく言ってた「僕の中のXはhideと一緒に死んだ」みたいなことを言ってた気がします。

それを聞いていた僕も一連の騒動の傍観者の一人だったのでしょう。

 

先輩とか同級生が「あの二人なんかトラブってたけど、今はなんか仲良くしてるし」みたいな事件の真相を10年20年経って聞く事ってありますよね。

 

当時は神過ぎて近づきもできなかったセンパイの人間性に触れられるような気分になる映画でした。Yoshikiはずっと神ですが。

X JAPANの歴史を深く深く掘り下げていく話でしたが、それでも語られない真相もあり興味深いところでした。

 

奇抜なファッション・音楽性で日本の音楽シーン、カルチャーを変えたモンスターバンドX JAPANの凄さを知るとともに、若かりし頃の僕がどのように音楽に触れてたかを思い出す機会になりました。